「1989年のテレビっ子」をようやく読み終えた

「塚本さん、ひょうきん族出身だったら読んでおいた方がいいですよ」と言われ購入してからひと月。ようやく読み終えた。あまりに分厚いので外出に搬出できず、毎夜帰宅後、寝床で少しずつ読み進めたら、こんなにかかってしまった。
「1989年のテレビっ子」。400ページに及ぶ「お笑いバラエティ」の”私的記録”だ。ドキュメンタリーでもルポでもない。なぜなら一切インタビューや取材をしていないから。学術論文というにには結論がない。膨大な著作や記事、ビデオを拾い上げ、自らの視聴体験を軸に書き上げた。著者の戸部田誠(てれびのスキマ)氏はオタク。それも希少価値のある「テレビバラエティオタク」なんだよね。1978年生まれとあるからまだ30代。こんなにテレビ見てくれてありがとう(涙
 
タイトルにある1989年は、たけし、さんま、タモリの「お笑いBIG3」に加え、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンとといった平成バラエティのメインが出揃った年なんだそうだ。一方で昭和天皇の崩御、埼玉連続幼女誘拐殺人事件犯逮捕、弁護士一家殺害など社会的にも大きな事件が相次いだ。
 
自分にとっても1989年は思い出深い年だ。正月は宮内庁関係者が出入りする乾門で迎えた。いわゆる張り番。幹部の車両ナンバーを見て、特に侍医長が夜中に戻ってきたら大急ぎで社会部のデスクに連絡する。当時ショルダーフォンという弁当箱のような携帯電話を使ってた。
元号が平成に変わると「リクルート事件」の取材。公明党の議員を取材するため、元秘書や創価学会関係者を追いかけまわしていたつもりが、後に、自分の行動履歴を逐一監視され内部で共有されていたことを教えてもらい、唖然とした。
10月には入社時にADをした「オレたちひょうきん族」が終了。過去に関わった全スタッフがエンディングロールにスーパーされていたが、自分の名前はなかった。嫌で嫌で抜け出したから仕方ないと思いつつも、横澤班にいたという記録は無いんだと、少し寂しい思いをする。
 
話を本に戻そう。著者はお笑いの系譜を、コント55号にまで遡って紐解いている。それまでもお笑い芸人はいたけど、メディアの波に乗ってブレイクしたのはコント55号が初めてだろう(クレイジーキャッツは芸人とは言い難いからね)。そこからドリフ、BIG3、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンと今に通ずるバラエティの歴史を、詳細な引用とともに綴っている。まるで遺跡発掘のようだ。
 
しかしそれだけ克明な描写をしているにもかかわらず、2000年代になると途端に端折り気味になる。「土8戦争」を取り上げておきながら、20年間にわたって土8を支えてきたナインティナインなんて最後の方に数行触れられているだけだ。千原兄弟なんて一言もない。
 
つまり戸部田氏にとっては「1989年に今のお笑いのスタイルが確立し、そこから新たな革命は起きていない」ということなのだろう。ひょうきん族が終了し、とんねるず、ダウンタウン、ウンナンがメジャーになった同年こそがいわば”終わりの始まり”であり、2014年の笑っていいともグランドフィナーレで本当に終わった。と。
 
確かにツービートやとんねるず、ダウンタウンのデビューは衝撃的だった。今のお笑いタレントにあの衝撃を求めるのはバラエティのスタイルががっちり決められている現在、かなり難しい。
 
エピローグで著者は2011年の東日本大震災をきっかけに福島から上京しライターとなったこと。テレビに対して溢れるような愛情を持っていることを書き綴っており、決して今のテレビを批判することはしていないが、言外にバラエティの現状を嘆き、もう一度衝撃を受けるようなスターの輩出を願っているように受け取れる。
 
自分はひょうきん族といいとも。合わせて2年しか携わっていない。当時ADの仕事はいつも抜け出したいと思っていたけど、番組を見るのは毎回ワクワクしていた。今はワクワクして見るバラエティってひとつもないのだよね。テレビ自体にそれを求めるのはもう無理だという人もいるけど、お笑いでテレビマン人生のスタートを切った自分としては、もう一度既成概念を突き崩すような衝撃を与えてくれるお笑いタレントに出会いたい。戸部田氏も、実は未来に向けた続編を書きたいのではないだろうか。
 
著者に会う機会があったら一度確認してみたい。